The Life of HOKUSAI

The Life of HOKUSAI

彼は狂人か?天才か?

世界中のアーティストに影響を与えた葛飾北斎の苦悩の半生を描いた舞台、”The Life of HOKUSAI”。

シーン1:プロローグ

薩摩琵琶奏者により、北斎の半生が語られる。舞台上で投影される字幕の英文書体は、北斎がもしアルファベットを描いたらこうなるであろう、と予測して専門家が書いたものである。

シーン2:北斎の葛藤

50代の北斎は「自分は天と地を結ぶ存在であり、龍の化身だ!」と血気盛んに息巻いていた。しかし天はそれを認めようとせず、北斎はもがき苦しむ。一滴の墨が広がり、黒い世界になる。そこから白い世界と黒い世界が表裏一体となって入れ替わる。白と黒は一方がなければもう一方も存在できない陰陽の関係であり、この2つが混じり合った「混沌」から全てが生み出される(北斎は多くの対になったものを描き陰陽を絵で表現している)。混沌から生まれた墨の球を身体に取り込もうと試みるがコントロールできない。天に自分を認めさせようともがくが、逆に空には「狂」の文字が浮かび上がる。北斎はそこに円相を見出し己の未熟さに気付く。

シーン3:北斎の日常

北斎、妻の小兎(こと)、娘のお栄、家族3人の日常の光景。北斎とお栄は日々絵を描くことに没頭している。そんな二人を優しく見守りながらも陰でしっかりと支える小兎。北斎はたとえ妻の小兎であろうとも自分の描いた絵を触らせたくはない。つい、小兎に対しきつくあたってしまう北斎。

シーン4:画狂人北斎

狐狸図から現れた絵の精、狐と狸によって北斎が画狂人(龍の化身)に変身する。龍の化身となった北斎は尋常ではない絵を描くことができる。がしかし、家族や周りの人間の言う事は一切耳に入らない。

シーン5:春画「蛸と海女」

北斎が鬼才と言われる所以の作品の一つ、春画の「蛸と海女」を表現した作品。蛸と海女という全く違うモチーフを一人の舞踏家が同体させ蛸と海女の中に潜む共有部分を表現する。

シーン6:絵の極致へ

優しく北斎を気遣う小兎だが、それを素直に受け入れられない北斎。二人の気持ちがすれ違う。 一筆で生きているかのようなカラスを描く北斎。絵の様々な手法を貪欲に学んだ北斎が最後にたどり着いたのは究極の絵「一筆書き」であった。カラスが重なり合い、作り出したのは1羽の白鷺。北斎は白鷺に近づくが飛び去って天に昇っていってしまう。それを見てなぜか不吉なものを感じる北斎。北斎が見つめるその先にあるのは小兎の置いて行った肩掛けであった。

シーン7:お栄の葛藤

北斎の感性を引き継いだ娘お栄は、北斎自身にも「美人画を描かせたら俺よりうまい」と言わしめるほどの腕前を持つ。しかし天才絵師を父に持つがためにお栄はその画力が世に認められず、悶々と不満を募らせる。吉原の花魁を自らの境遇にあてて描いた「吉原格子先図」では中心人物の花魁がシルエットで描かれ、「自分には光が当たらない」というお栄の心情を見事に表している。最後に現れた「吉原格子先図」は、本来の絵であれば中央に描かれているはずの花魁のシルエットが無く、その代わりにお栄自身が立ち、悲しげに振り返り世間を見る。

シーン8:風神と雷神

凄まじい風神と雷神の音に北斎も限界を超えることができたが、手に違和感を感じる。しかし足を止めることなく風神と雷神の音に応える。そして、とうとう限界を超え倒れてしまう。北斎67歳、脳卒中であった。

シーン9:北斎の復活と小兎との別れ

脳卒中で倒れ、筆も持てない北斎。狐、狸、お栄、小兎の手助けにより復活するが、再び画狂人となり暴れる。小兎の機転により画狂人から抜け出すも、その代償として小兎は倒れてしまう。北斎に抱きかかえられた小兎はそのまま腕の中で息を引き取り、光の球となってゆっくりと天に登って行く。

シーン10:「神奈川沖浪裏」

最愛の人を失い悲しみ苦しむ北斎。しかし、花が咲き誇りやがて枯れ、土になり、そしてまた別の花として咲く様を見て命の繋がりを感じ、小兎が生前していた形見の青いたすきを締め、藍色を絵に足すことで全ての生命の源である海を躍動感と共に書き上げる。

シーン11:江戸の大火事

北斎、80歳にして火事にあい、70年間描き溜めた絵を全て失う。江戸の華とも喩えられた大火事を和太鼓で表現。

シーン12:「八方睨み鳳凰図」

大火事にあい全てを失った北斎とお栄だが、不屈の精神で地の底から這い上がり、親子で協力し合って長野県岩松院の本堂に21畳もの巨大な天井絵図を描き上げる。

シーン13:狐と狸

北斎が度重なる苦難にも挫けず自らを高めていく様子を見て、狐と狸は自分達の役割は果たせたことを知り、絵の中へと戻っていく。

シーン14:絶筆「富士越龍」

北斎90歳。今までの全てをかけて絶筆「富士越龍」を描き上げる。絵の中の龍は宝珠(注:1)を持っていない。自分の人生を振り返る北斎。愛する小兎にどれほどの感謝をしていたことか。しかしそれを伝えることなく突然小兎は亡くなってしまった。最後まで北斎はそれを悔やんだ。これが絶筆「富士越龍」の龍が優しい顔で天を向いている理由であり、絶筆の龍でさえも宝珠を持っていない理由である。最後に龍の目を描き入れた途端、北斎は昇天する。嘆き悲しむ娘のお栄。しかし北斎は念願の龍となり、宇宙を悠々と泳いで行く。そこへ光の球が現れる。この瞬間、ようやく北斎は「自分にとっての宝珠は妻の小兎であった」と悟り、小兎と共に宇宙の彼方へと旅立って行く。

注:1 持っていればどんな願いも叶うと言われる宝の珠。一般的に龍が描かれる場合、手に宝珠(水晶玉のような球体)を持った姿が描かれることが多い。